知らない、映画。

在英映画学部生のアウトプット

【ディスカッション】"軽さ"と"異質さ"が際立った2023年上半期の映画たち

8 (Sat). July. 2023

恐らく記事がアップされる頃には上半期ベスト映画配信も終わっている事でしょう。皆様ご覧になって頂けましたでしょうか?果たして筆者は有識者の方々と並んで上手に話せていたのでしょうか?

今回は配信に向けて原稿、というほどのものでもありませんが思考の取りまとめも兼ねて上半期の映画の特徴と映画界のトレンドについて自分なりに整理してみたいと思います。

Margot Robbie in "Babylon" (2022)

全体として

先ずは全体として2023年はここまで不作の年であるとはっきり言って良いと思います。但し映画1つ1つのクオリティが低い為という理由ではなく、もっと時代的な、コントロール出来ない部分での理由による為でしょう。

詳しくは後述しますが、作品単体で見た時の質は決して低いということはなく、挑戦的な映画も数多く公開されていた様に見えます。ただ観客が作品に期待するアプローチと、実際の作品の方向性とに乖離が見られることが多く、或いは求められる要素を満たそうとした結果手堅い仕上がりで小さくまとまってしまったという様な、そうしたミスマッチにより評価を落とさざるを得ない作品が多かった。

因みにこれは大きな視点での話であり、日本映画界は寧ろ作品に恵まれていたのではないでしょうか。筆者個人としては全くチェック出来ておらず(そもそも見る手段がない)、公開情報とTwitterやインターネット上の反応を追うだけになっていますが、それでも優れた作品が多く公開されていたと理解しています。

確かにメジャーの映画に元気のない状態は続いているかも知れませんが、それでも『THE FIRST SLAM DUNK』といった大成功を収めた映画はある訳ですし、何より受け皿としてのインディー/マイナー/アートハウス映画に力がある点が最大の魅力です。

『ある男』、『ケイコ 耳を澄ませて』、『LOVE LIFE』、『怪物』、『BLUE GIANT』、『エゴイスト』、『逃げた男』、『岸辺露伴  ルーヴルへ行く』、『美少女戦士セーラームーンCosmos』...

パッと思いつく作品でも充実のラインナップとなっています(去年の作品もありますが)。メジャーが停滞している時にこそ、マイナー映画が台頭し、それをメジャーが吸収して勢いづく。それこそが健全なサイクルである筈で、少なくとも片方に力があるというだけで日本映画は不作などということは全くなかった。

あくまで映画界全体に対して「不作だ」という表現をしているのであり、それは特に供給量が多い英語作品に、近年注目を集める韓国映画などを指しています。詳しく見ていきましょう。

チャレンジングなメジャー映画

メジャー映画には総合的に挑戦的な作品が多かったと思います。

先ずは『バビロン』。魅力的なヴィジュアルで隠しながらも結局デイミアン・チャゼル監督の個人的映画偏愛映画であり、しかも「窮屈な映画は面白くない」という批判にもなっている。1億1000万ドル(=143億円)規模の予算を使って表現することではないとも思いますし、そもそも大作ミュージカル仕立て映画に観客がそうした口煩い文句を期待するとは思えません。予算と製作者側の意図の間に見られるミスマッチは否定しようもないでしょう。

同様の理由で失敗したのが『リトル・マーメイド』でしょうか。2億5000万ドルというディズニー実写化作品史上最大の予算を投じて製作されたとのことですが、ここまで興行収入は全世界で5億ドル程度と『ライオン・キング』の1/3程度になる見込みです。

 

screenrant.com

 

ディズニーはそもそも物販収入も込みの経営戦略で成長してきた企業ですから、トータルで見て一応最終黒字は達成できると思いますが、それでも当初目指していた数字には届かないでしょう。しかしキャスト発表の時点で(その正しさはは別として)一部の反感を買うことは容易に予想出来ていましたから、経営戦略として過去最大級の予算を与えたことは失敗でしかなかったと思います。本当にディズニー側がヒットを出せると予想していたのか、或いは企業理念としてリスク込みで挑戦をしたのかは分かりませんが、結果としては『リトル・マーメイド』ではなく『(ハル・ベイリーの)リトル・マーメイド』になってしまった感は否めません。

批評家/観客も『(ハル・ベイリーの)リトル・マーメイド』 という話題性こみでコメントしている様に思えますし、そうした意味で『リトル・マーメイド』に求められていた期待を超えられたとは言えないのではないでしょうか。

新たに指導したDC作品群から『ザ・フラッシュ』は記録的な失敗になる可能性があり(3億ドル近い予算に対して初週5500万ドル)、『シャザム!〜神々の怒り〜』に続いての低空飛行となっています。更に今年8月公開予定の"Blue Beetle"に関しても損失を埋め合わせるほどの成功は期待できないとあってDU Universe全体で苦境が続いており、やはりジェームズ・ガン主導の方針転換がファンに与えたショックは大きかったのでしょう。

ジェームズ・ガン監督が個人として才能に溢れた人物で、多くの観客に訴えることの出来る力があることは既に証明されていると思いますが、そのビジョンの元製作された『ザ・フラッシュ』の失敗はブロックバスター映画に於けるファン・ベースの大切さを物語っています。

結果としては大成功に終わりましたが、『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』も所謂イロモノ的な企画でもあったと思いますし、全体としては挑戦的な作品が多かった。そして作品が挑戦的であればある程はっきり言って手頃な興奮が求められる大作映画ですから、反感を買うことも多かった。

つまりは事前の期待とのミスマッチという部分で評価されない作品が多かったと推察されますし、その意味で作品の質には問題がないが、評価も出来ない作品ばかりが並んでしまっているのです。

「軽い」映画たち/マイナー映画の手堅さ

所で、ここまでメジャー/マイナーという表現を何の前書きも無しに使ってきましたが、その意味をここで設定しておきましょう。筆者の言うところのメジャー映画とは、宣伝に資金が投下され、無自覚的に公開日を知ることができる映画、マイナー映画とは批評家がフォローアップ的に宣伝をし、観客が能動的に調べることで公開日を把握できる映画のことを指しています。

例えば『エゴイスト』は日本ではマイナー映画に当たると思いますが、イギリスでは全くの未公開ですからマイナー映画以下、と言うことですね。世界中の未公開映画を漁れば面白い映画に遭遇することは可能な訳で、その意味で不作な年というのは理屈上存在しません。それでも批評家らが作り上げる映画バブルというのが鑑賞体験の核となることもまた事実であり、その意味で筆者はバブルを形成する映画は先に述べた理由で不作だと思っています。

そんな中で「軽さ」が際立ったのが2023年のマイナー映画だったのではないでしょうか。

これには仕方のない側面もあり、特にマイナー映画は「ある程度売れること」がマイナー映画として未公開映画と差別化をする条件になります。配信全盛時代に異国の映画に打ち勝って宣伝される権利を獲得される為にも、それらの映画は「観客が求めるメッセージ」を堅実に表現する方向に流れるでしょう。

『アフターサン』、"Joykand"など、今年公開の映画はそうした予定調和的な感動、興奮が準備されているケースが多いと感じました。しかし先に述べた通りマイナー映画こそ挑戦的な精神が求められている(でなければ規模の小さいメジャー映画として劣化に終わる)以上、そうした映画を評価することは難しいのではないでしょうか。勘違いしないで頂きたいのは批評家がハイブロウでマイナーな映画を評価する時、その理由は殆どの場合独創的な挑戦が行われているからであって、手堅くまとめた小さな作品は総合芸術として大規模な映画に勝てる筈はないのです。

以上の理由で(バブルを形成する)2023年上半期の映画界は不作だった、というのが筆者の印象になります。そうした中でどの様な作品が際立って見えたのか、ランキングと簡単なメモをメモを纏めてみましょう。

 

 

10. Stars at Noon

 

www.youtube.com

クレール・ドゥニ監督作、脚本にはレア・ミシウス。sexの隙間に入り込む社会構造という側面は『パリ13区』そのもの。

撮影、音楽共に良し。雰囲気作りの点では一段優れている反面、引き算をしすぎた結果物語上の起伏にはやや欠けるか。それでも安易な解決を与えないストーリーには好感が持てる。

9. バビロン

 

www.youtube.com

デイミアン・チャゼル最新作。音楽とダンスの魅力を最大限に引き出した上で、その過剰な演出に見合うよう過激に演出された脚本、という演出。その外連味に対するリアクションで評価は分かれる。

反面0か100かを選択し、振れ幅の大きい映画こそ真に価値がある映画なのでは?メッセージ性も含めて意味のある映画であることは否定できない。

8. エンパイア・オブ・ライト

 

www.youtube.com

物語構造はバビロンと同じ、ジャズエイジのハリウッドか、サッチャー時代のイギリスが舞台化という違い。或いは『雨に唄えば』を選択するか、『チャンス』を選択するかという問題でもある。

イギリス人に史上最も嫌われる偉人ことマーガレット・サッチャー時代の貧困、人種差別、混乱の全てを詰め込んだ濃密な映画であり、反面人間的な温かさにも溢れる。リアルなイギリス像。

物語のキーとなる場面でジョニ・ミッチェル『You Turn Me On, I'm a Radio』が流れる。今年のサウンドトラック・オブ・ザ・イヤーは確定でしょう。

7. Scream VI

 

www.youtube.com

「何故フランチャイズ映画は続編を出さなければならないのか?」

この点を突き詰めて考えた物語構造の新しさ。『ゾディアック』の脚本家が執筆した脚本と言えばその複雑さにも納得できるだろうか。

ミステリーとしてもソコソコの作りでゴア描写も程よい。Devyn Nekodaさんも可愛い。日本公開しないパラマウント・ジャパンは何を考えているんだ?

6. We're All Going to the World's Fair

 

www.youtube.com

インターネット上の怪しげなトレンドに身を投げようとする孤独な少女の物語。自分探し、アイデンティー探しの物語であることは明らかである一方、ネット空間に形成されるコミュニティに対してクリアな表現をしていた点が高ポイント。

どうやら監督が抱えていたセクシュアリティの問題がバック・ボーンにあるらしく、そうした読解も可能かも知れない。予習が」必須とは思わないが、事後的に考察を深めるには役に立つのだろうか。

5. When You Finish Saving the World

 

www.youtube.com

日本公開時には「世界なんて救えない私たちの物語」、みたいなキャッチコピーが付きそう。反抗期の浅い知識でイキがる下手くそな歌手と、その母親で他人の子供に猛アタックする女性の物語。

誰も彼もが薄っぺらく見ているのが非常に辛い。しかしその「イタさ」は現実世界の真実でもあり、娯楽として「格好良さ」に変換していない部分には意味があるのでは。ジュリアン・ムーアの演技は過去イチ、こんな上手かったっけ?と驚かされる。

4. Blind Willow, Sleeping Woman

 

www.youtube.com

村上春樹短編を繋いで作られたアニメ映画。映像表現の引き出しが広い。アニメでしか作れない映像、アニメでいる価値をよく理解している。最近のディズニーはこの映画を見て初心に蛙べきでは。

単なる原作小説の映画化に留まらず、それらを独自に解釈した上で自然に繋げている所も上手い。村上春樹、アニメ作品に挑戦と言われても信じられると思う。それくらい違和感がない。

3. ザ・ホエール

 

youtu.be

今年公開の新作からもう一本、ダーレン・アロノフスキー監督の映画です。本作に関しては(先に挙げた『TÁR』を除いて)伝えようとする感情にしっかり重みがあったという点を高く評価しており、しっかりと身体を用いて映画の先へ、先へ踏み込もうとしてくれたという事実が素晴らしいと思えてのランクインとなっています。

筆者の住むイギリスを始め、日本でも今年最も高く評価された映画といえば『aftersun/アフターサン』だろうと思うのですが、筆者にはどうしても認められない、認めたくないと思う部分がありました。幼い娘が見つめる父の姿、そこには(恐らく無理に頑張って)よき父親であろうとする優しさと、壊れそうな胸の痛みがありました。なぜ彼が夜の海に消えていったのか、娘のベッドで寝る彼と本当に同一の存在なのか、時系列はどうなっているのか、ダンス・フロアで共に踊る人物は誰か、それは決して明確にはなりません。その必要もないでしょう。そして娘の目線に込められた思いや、父の苦悩が偽物だったというつもりは毛頭ありません。

しかし『aftersun/アフターサン』が『aftersun/アフターサン』としてでしか語れないのは何故なのでしょうか?詰まり劇中で描かれている感情が映画の枠内に留まり、フワフワとした軽さを以て観客自身に働きかけないのは何故なのでしょうか?結論から言ってしまえば「取り扱う感情に重さを与えず、観客に対して流動的であろうとしているから」だと思う。それは好意的に受け取れば観客に委ね、押し付け型の表現をしないということですが、ネガティヴに捉えれば主体が欠けており、作品の持つ本質的な力を弱めているということでもあります。

「そもそも何かを伝えたいと思うから作品を作るんだろ?等身大のエゴイスティックな表現だって良いじゃないか。人に気を遣う位なら、どうして公開するんだ?」

筆者としては感情自身に重さを与えて、作品に対してより観客の内側へ踏み込んで欲しいと思っています。長くなりました。公開される新作がそうした「気を遣った」作品が多い中で、『ザ・ホエール』は数少ない重みのある映画であったと思っています。恐らくは主演を務めたブレンダン・フレイジャーの肉体のお陰でしょう。娘の方を向こうにも首がまわらない苦しみ、突然息の出来なくなる恐怖。

正しく映画が語りかける通り、カギカッコ付きの、映画の中だけの「真実」ではない、真実が見えた映画だったと思います。フィルモグラフィーの中では目立たない作品だとしても、今年を代表する映画として褒めるべきなのかなと思いました。

2. ガール・アンド・スパイダー

 

youtu.be

ベルリン映画祭エンカウンター部門に出品されたスイス映画(なんだけどオリジナル・タイトルはドイツ語)。方法論的に圧倒された一本で、筆者の鑑賞本数が足りないだけかも知れませんが、他にこんな映画は見たことがないという独創的な作品。

引越しの手伝いに訪れる友人や遊びにやってきた隣人、その子供などが入り乱れる小さなアパート。画面の前にはある人物が居て、作業をしたり会話を楽しんでいます。カット。カメラは180度切り替わり、先ほどまでのカメラはそこにいた別の人物の視点であったことが知らされます。そして彼/彼女の隣にキャラクターが侵入し、役者が交代。しかし続くショットによって彼らの物語もまた誰かに見られていたものとなるでしょう。

この様な手法で巧みに視点を移動しながら紡ぎ上げる群像劇は、淡々と進むにも関わらず不思議な緊張感に満ちています。これだけでも十分に面白いのですが、更に興味深いのが記憶の取扱い方。

例えばある場面で主人公の女性が、元フラットメイトで引っ越してしまう女性の写真を割ってしまう場面があるのですが、一日の終わり、カメラは誰もいなくなった部屋、床の上に落ちた写真を捉えるのです。他にも物語の中で登場した小道具がダイジェスト的にモンタージュされます。

これは入り乱れる人間関係と感情が、物体に並行移動することで、オブジェクティヴ(object的≒客観的)な物語へと移動しているということでしょうか。そもそも物語の舞台自体が「引越し」であり、設定自体がモノ・空間的です。そして場を移動することで浮かび上がる人間模様を誰かの視点=カメラの視点と擬似的に同化させて伝える、という試み自体がオブジェクティヴだと言えるかも知れません。

モノの陰に潜むヒトを捉えるという試み、筆者はこの映画をその様に受け止めましたが、如何でしょうか。作家というのは往々にして人を描こうとするものですが、そこから一旦離れカメラの客観性という了解を切り崩しつつ、最終的に人に帰ってくるという手腕は素晴らしかったと感じました。

こう書いてみるとロブ=グリエの『嫉妬』なんかと似ていなくもない、様な気がしなくもない様な.....

説明が非常に難しいですが、新鮮な驚きにあふれた一本でした。

1. TÁR/ター

 

youtu.be

今年公開の新作映画からはトッド・フィールド監督の『TÁR』を推したいと思います。今年は新作のクオリティが絶望的で(田舎町に住んでいる所為で見れる作品が限定的というのもありますが)、ピンと来る作品に出会えていないのですが、無条件に手放しで褒められる唯一の作品でした。

冒頭から学術用語が飛び交い、その後も終始大量の会話が、しかも多言語で飛び交う作品など脚本家目線でとても書けるものではないのですが(企画の段階で却下されるだろう為)、そこを妥協せずレディ・ターという人物を描ききった本作はそれだけでも賞賛されるべき映画です。

加えてメトロノームや赤ちゃんの泣き声を使ったテクニカルな演出と、役者陣の演技。ケイト・ブランシェットが注目されるのは分かりますが、ノエミ・メルランやソフィー・カウアーも素晴らしかった。ソフィー・カウアーなんて本物のチェリストで、映画は初出演ですよ!

講堂でのパワハラ問題や、オチの演出を巡って賛否両論あった様ですが、個人的にはターについての映画で、ターにとって正直な演出を選び続けたんだから映画としては文句なしの100点を上げたいです。

 

 

 

*トップ3に関しては下の記事からの抜粋になっています。お時間のある方は合わせてご覧下さい。

sailcinephile.hatenablog.com