最後だけ何だか曖昧ですが、要は色んな場所に顔を出していこう、という事です。イギリスにはBFI(British Film Institute)という機関がありますが、その公式ホームページから1つ目、脚本家向けのオープンコースに参加することが出来ます。また3つ目、彼らが取りまとめるコンペに応募することも出来、有名どころではBBCやNetflix、tiff(トロントの方)などが主催するコンペに応募が可能な様子。当然倍率も高いと予想はされますが。
肉体の全てが医療技術によって再生、移植可能になり、そして精神も高度なレベルで電子的に再現できる様になった。将来的には精神移植も可能になるかも知れない。そんな時代に肉体だの精神にこだわってみせたって何の意味があるというのか。セックスすることは他人と関係を持つことを意味しないし、セックスしないことが精神的な紐帯を意味する訳でもない。そんな時代に人間性とはどこに顕現するのか。こうした問題を具に考えた映画が、Crimes of the Futureではないかと思う。
Kate Bushの"Running Up That Hill"は15秒動画で頻繁に使用されチャートを急上昇したし、"Chrissy Wake Up!"はミームとして拡散された。その他にもMetallicaの"Master of Puppets"も再ヒット、多くの80sポップミュージックが脚光を浴びた。"Pass The Dutchie"も忘れてはならない。タイトルスコア自体も弾いてみた動画などで人気になったことも付け加えておこう。
サムライミ版スパイダーマン3と組み合わせて、ウィル・スミスが平手の後ヴェノムダンスを踊ったり、大乱闘スマッシュブラザーズのエフェクトを組み合わせたり。それからChris Rock=Sunday, Will Smith=Mondayみたいなミームもよく見た気がする。どれも記憶に残るほど面白かった訳ではないが、流行った映画ネタというテーマで外すことも出来ないだろう。
そんな彼が映画で主演し、数々のスタープレイヤーを打ち破る映画ということでネタにされない訳がないのである。彼の数少ないハイライトを集めてGOAT(Greatest Of All Time) Bo Cruzという動画が作られたり、現役最強選手レブロン・ジェームズのターンオーバーを、フアンチョ・ヘルナンゴメスの普通のプレート並べてBo Cruz>>>>Lebron Jamesと言ってみたり。
真っ先に指摘するべきは脚本とショット・リストを混同してはならないということだ。一枚目の一文目を読むと "We see the close up of Sophie's face"、「ソフィーの顔がクロースアップで写される」と書かれている。これはショット・リストで整理するべき事項であって、物語を示す脚本で提示する情報ではない(一応付け加えておくとショット・リストとは脚本をカットごとに分割し、それぞれのショットをどの様に撮影するか示したリストのこと。脚本、絵コンテの制作後監督や撮影監督などが話し合って決定する)。
しかし脚本の中でショットや編集に言及することは普通あり得ない。だから "We see the close up of Sophie's face" という脚本の書き方は間違っている。他にも "The camera tracks Arthur"(1枚目シーン2)、"hand held tracking shot from low-angle intensifies this feeling"(3枚目シーン8)などの書き方は全て不適切、削除するべき部分だ。
場面設定がなされていない、或いは雑
1枚目シーン1、"We see the close up of Sophie's face. She imitates to shoot her head. In the mean time, Arthur watches her coldly with hatred, quickly turning his face away from her."、「ソフィーの顔がクロースアップで写される。彼女は銃で自分の頭を撃ち抜く仕草をする。その間アーサーは不機嫌そうに、冷たく彼女を見ているが、直ぐに顔を背けてしまう。」
2枚目シーン3、最初のアクション・ラインを見て欲しい。"Silence. The only sound we hear is the rain falling outside"、「静寂。雨が降る音だけが聞こえる」と書かれている。これではシーンの途中から雨が降り出したかの様に読まれてしまうだろうが、実際にクリップを確認してみるとシーン1、エレベーターの中でアーサーは既に濡れ鼠になっており、雨の音はずっと聞こえている。更に映画を確認すると、病院から雨の中をアーサーが歩いてソフィーのアパートまで向かうショットがあり、時系列としてここで雨に言及することは間違っていると分かる。
今回は実際にクリップを見て脚本を書き起こしている為、時系列は明確で天候はずっと雨だったと分かるし、些細な問題に過ぎない様にも思われる。しかし本来は脚本から映像が作られるのであって、素直に読めば2枚目シーン3、ソフィーの台詞 "Your name's Arthur, right? You live down tha hall"、「名前はアーサーでしたよね?廊下の端に住んでいる?」が終わった所で雨が降り始めたと解釈してしまうだろう。
1枚目シーン1、"A man and woman stands side by side in the rusted lift, which is very large as a lift to maintain a certain distance between them"、「男と女が錆びついたエレベーターで向かい合っている。随分と広いエレベーターで、二人の間には幾らかの距離がある。」
If by the autonomy of earthly affairs we mean that created things and societies themselves enjoy their own laws and values which must be gradually deciphered, put to use, and regulated by men, then it is entirely right to demand that autonomy. Such is not merely required by modern man, but harmonizes also with the will of the Creator. For by the very circumstance of their having been created, all things are endowed with their own stability, truth, goodness, proper laws and order. Man must respect these as he isolates them by the appropriate methods of the individual sciences or arts. Therefore if methodical investigation within every branch of learning is carried out in a genuinely scientific manner and in accord with moral norms, it never truly conflicts with faith, for earthly matters and the concerns of faith derive from the same God.