知らない、映画。

在英映画学部生のアウトプット

【脚本再現】脚本の基本フォーマット/ジョーカー(2019)

9 (Fri). Dec. 2022

Google検索エンジン、「映画 脚本 書き方」と打ち込んでみる。検索結果は570,000件。上から順番に開いてみる。柱、ト書き、台詞というものがある様だ。ト書きは数マス下げて書くらしい。

脚本を書く際には三幕構成というものを意識する。シーンからシーンの移り変わりはアクションを中心にする。1ページ当たり1分になるよう調整する。時と場所は明確に、各シーンの冒頭に書いて置く。何だかそれらしい。

所で一枚当たりの行数はいくつだろう?文字のフォントは何でも良いのだろうか?そもそも文字サイズは?何をどれだけ書いたら1分になるのだろう?1分の中にたくさん情報を詰め込みたい場合とゆったり余韻を持たせたい場合の書き分け方は?是枝裕和監督の1分と園子温監督の1分は異なるのでは?普通のシーンとフラッシュバックの書き分けは?サウンド・ブリッジを使いたい時にはシーン・チェンジを先に書くべきか、台詞を先に書くべきか?モンタージュの書き方は?ジャンプスケアの挿入の仕方は?オフスクリーンの会話・アクションの書き方は?所で脚本の中でオフスクリーンかオンスクリーンか書く必要はあるのか?音楽や文字を入れたい時は?

どの記事を読んでも分かった気にはさせてくれるが、実際に脚本を書き始めてみると、書き始めることすら出来ない役立たずな情報ばかりだと分かる。それでは本当に必要な情報とは何か。それは極く基本的なルールである。自主制作か超一流の監督になった場合を除いて、脚本は厳格な規則に則っている必要がある。ルールを守れない場合、貴方の脚本は読んですら貰えないことだろう。

ではその基本的なルールとは何か?実のところ筆者も分からない。ネットの検索結果はどれも役に立たないし、信用出来るとも思えない。書店に出向いても各々適当な事が書いてあって今ひとつ分かる様で分からない。誰も正しい書き方は教えてくれないけれど、自分なりに頑張って書いた脚本は「フォーマットが...」とか何とか言って突き返される。理不尽な話だ。

但しそれもこれも日本語での話。英語で脚本を書く場合、こうした問題に悩まされることはない。インターネット上で無数に、コンセンサスとして、信頼出来る情報を無料で手に入れることが出来るし、イギリスの場合は国立の映画機関や大手制作会社から情報が開示されていたり、ワークショップに参加することも出来る。お金を払えば撮影で実際に使用された脚本のPDFコピーを購入することも可能だ。無料で公開されているスクリプトだってある。

余談になるが、筆者が身を置いている大学は同じ学科に同学年で40人ほどの生徒が在籍している。彼らも筆者と同じでワークショップ等に参加し特別な教育を受けた訳でも、家族が映画業界に居る訳でもない、普通の学生だが、一年目の1学期から平気で短編の脚本を仕上げて持ち寄って映画を作る。勿論筆者も含めてだ。

これは十分な量の信頼出来る情報が公開されているからこそ可能になる話。という事で実際に映画のクリップから書き起こした何パターンかの脚本をベースに本当の脚本とは如何なるものか考えてみようというのが本記事の趣旨である。取り上げる映画は何でも良かったのだが、見栄えがよく広く見られているであろうジョーカー(2019)を扱うことにした。

先に述べた都合により日本語で紹介することは出来なかったが、なるべく簡単な英語で書く様努力したつもりである。適宜辞書など引いて貰えれば役に立つだろうと思う。恨むべきは日本の映画業界であって、筆者にその責任はないことを強調しておこう。

Joaquin Phoenix in Joker (2019)

さて実際に脚本にして検討するのは以下の場面である。

www.youtube.com

どうやら年齢制限が掛けられている様だが(そう言えばジョーカーもR15だった)、暴力描写もFワードも一切含まれていない。公に例示する場面としても不適切でないと思われる。

アーサー(ホアキン・フェニックス)が州立病院からカルテを奪い去り、母親とその本性、そして自分の過去を初めて知った場面。雨の中ずぶ濡れになりながら恋人ソフィー(ザジー・ビーツ)のアパートへ足を向ける。クリップの最後に見られる狂気じみた笑いを境にアーサーはジョーカーへ、不遇な道化師は空っぽの偶像に姿を変えることになる。

事例一・失敗した脚本

仕様の問題でこちらにスクリプトは挿入出来なかった為Twitterの添付画像を拡大するなどして見てほしい。一例目はUnreadable、読んですら貰えない様な代物であり、フォーマット上の重大な欠陥を主に3つ備えている。クリップと照らし合わせながら一つずつ議論していこう。果たして素晴らしい脚本を書くためには、否、先ずはReadableな脚本を書くためには何が肝要なのだろうか。

  • 脚本とショット・リストは別物

真っ先に指摘するべきは脚本とショット・リストを混同してはならないということだ。一枚目の一文目を読むと "We see the close up of Sophie's face"、「ソフィーの顔がクロースアップで写される」と書かれている。これはショット・リストで整理するべき事項であって、物語を示す脚本で提示する情報ではない(一応付け加えておくとショット・リストとは脚本をカットごとに分割し、それぞれのショットをどの様に撮影するか示したリストのこと。脚本、絵コンテの制作後監督や撮影監督などが話し合って決定する)。

確かに "Hard cut reveals..."、「ハード・カットで....が映し出される」といった書き方をすることはある。例えばイット・フォローズの冒頭、アニーが海岸まで車を走らせ父親に愛してると伝える場面。夜の海岸で一人座り込むアニー、尋常ならざる不穏な空気感。その直後ハード・カットで時間は翌朝まで飛び、ハード・カットが砂浜で足を折れ曲らせ死亡しているアニーを写す。急激な場面転換で驚きをもたらす、そんな場面だ。こうした描写を意図して、hard cut, jump cut, close-up等に言及することは可能だ。

しかし脚本の中でショットや編集に言及することは普通あり得ない。だから "We see the close up of Sophie's face" という脚本の書き方は間違っている。他にも "The camera tracks Arthur"(1枚目シーン2)、"hand held tracking shot from low-angle intensifies this feeling"(3枚目シーン8)などの書き方は全て不適切、削除するべき部分だ。

  • 場面設定がなされていない、或いは雑

1枚目シーン1、"We see the close up of Sophie's face. She imitates to shoot her head. In the mean time, Arthur watches her coldly with hatred, quickly turning his face away from her."、「ソフィーの顔がクロースアップで写される。彼女は銃で自分の頭を撃ち抜く仕草をする。その間アーサーは不機嫌そうに、冷たく彼女を見ているが、直ぐに顔を背けてしまう。」

これはいわゆるAction Lineと呼ばれるもので、人物の動作や物事の変化(ex. シシ神から流れ出た血液が森を枯らす)を描写する部分だ。脚本の殆どを占める部分になるが、実はAction Lineで書くべき事項はActionだけではない。初めて登場する人物には外見や年齢、性別といった基本事項を設定する必要があるが、それはAction Lineの中で行われるのだ。だから初めて登場する(厳密には映画の後半に当たるが)Sophieとは誰で、どの様な人物なのか、Arthurとは誰か説明する必要がある。初めて登場する人物はフルネームを大文字で書くことにも注意しよう。

またSlug Line(各シーンの最初に太文字で挿入される空間・場所・時間を設定する行のこと。INTはInternalで建物の内部、EXTは外部、INT/EXTはその両方を指す)の直後、新たなロケーションに移動した際には場所の様子を伝える必要もある。これもAction Lineで記すべき大切な情報の一つだ。

だからSlug Lineを見ると空間はINT、即ち内部。場所はThe Liftとなっているからエレベーターを、そして時間はNightで夜と書かれているが、具体的にはどんなエレベーターなのか。広さはどの程度でキャラクターはどういった位置関係で対峙しているのか。こうした事実を示す必要があるだろう。1枚目シーン3を見て欲しい。場所はSophie's Apatmentとなっており、初めて登場するロケーションだ。しかしアクション・ラインは "Arthur enters Sophie's room quickly and silently"、「アーサーは素早く、音も立てずにソフィーの部屋に入る」となっており、文字通り「アクション」から始まっている。これは既に述べた理由で間違った書き方と言えるだろう。鉄則:新しいロケーションを登場させる時は必ず場所に対する描写からアクション・ラインを始めること。

  • 時系列を整える

2枚目シーン3、最初のアクション・ラインを見て欲しい。"Silence. The only sound we hear is the rain falling outside"、「静寂。雨が降る音だけが聞こえる」と書かれている。これではシーンの途中から雨が降り出したかの様に読まれてしまうだろうが、実際にクリップを確認してみるとシーン1、エレベーターの中でアーサーは既に濡れ鼠になっており、雨の音はずっと聞こえている。更に映画を確認すると、病院から雨の中をアーサーが歩いてソフィーのアパートまで向かうショットがあり、時系列としてここで雨に言及することは間違っていると分かる。

今回は実際にクリップを見て脚本を書き起こしている為、時系列は明確で天候はずっと雨だったと分かるし、些細な問題に過ぎない様にも思われる。しかし本来は脚本から映像が作られるのであって、素直に読めば2枚目シーン3、ソフィーの台詞 "Your name's Arthur, right? You live down tha hall"、「名前はアーサーでしたよね?廊下の端に住んでいる?」が終わった所で雨が降り始めたと解釈してしまうだろう。

その場合エレベーターでアーサーがずぶ濡れになっていること(否、そもそもこの脚本では書かれていなかったが書かれていると仮定して)と矛盾するし、時系列が破綻してしまう。その意味で脚本の執筆には数学的精密さが求められるという事が出来るのかも知れない。Slug Lineで大まかな空間・場所・時間を設定する。アクション・ラインで場所・人物の設定を忘れず、その上で物語を作っていく。規則に従って進行する方程式や、プログラム言語の様だとも言える。

整理しよう。

脚本の書き始めは必ずSlug Lineから、空間・場所・時間を設定する。ロケーションが初めて登場する場合、Action Lineは場所の描写から始める。続けて人物の描写だが、これも場所と同様初めて登場するキャラクターは描写から始める。行動、或いは会話からアクション・ラインをスタートさせてはならない。アクション・ラインでは撮影方法、編集方法に極力言及しない。感情描写や隠喩を用いることは絶対悪ではないが、それも極力避ける。アクションに拘り、なるべく簡潔な表現を心がける。

事例二・凡庸な例

先ほどの失敗例から執筆に於ける基本方針を学んだ所で、次はより具体的にフォーマット上のルールを見ていこう。

  • 自体はCourier、フォントサイズは12
  • Slug Lineでも字体は同じ、但し全て大文字で書くこと、太字にすることが多い
  • 余白は左側に1.5 inch (3.81cm)、右側に1 inch (2.54 cm)、上下に1 inch
  • ダイアログの際のキャラクターの名前は全て大文字、左端から3.7 inch (9.398 inch) 空ける(余白を含める、文字列からは2.2 inch)
  • ダイアログはキャラクターの名前から1行下げる、左端から2.5 inch (6.35 cm) 空ける(余白を含める、文字列からは1 inch)
  • アクション・ライン中で初めて登場するキャラクターの名前は全て大文字、フルネームで示す
  • キャラクターの動作はカッコで囲み、キャラクター・ネームとダイアログの間に独自の行を設けて書く
  • 動作のカッコは左端から3.1 inch (7.874 cm) 空ける(余白を含める、文字列からは1.6 inch)
  • ページ・ナンバーはページの右上に上から0.5 inch (1.27 cm) 下げて記す、左端をアクション・ラインの右端(余白からi inch)に合わせる
  • ページ・ナンバーにはピリオドを打ち、数え始めは2ページ目から、1ページ目にはFade In: (トランジッション)と書く
  • タイトル・ページはページ数には含めない
  • ページ一枚辺りの行数は55行程度に収める(上記のフォーマットが整っている場合、自然と58行程度に収束する。ページの終わりがキャラクター・ネームになったり、始めがトランジッションになる場合、1行下げて整えると良い)

ザッとこんな所だろうか。モンタージュや歌詞の挿入、文字クリップの挿入方法、フラッシュ・バック、諸々細かいテクニックや例外はあるが、取り敢えずは以上のルールを守っている限り脚本として破綻することはない。そもそもモンタージュなどは表現方法であって本質ではないから表現の幅くらいに考えておくのが良いように思う。

さて、それでは基本的なルールを確認した上で実際のスクリプトを見てみよう。

  • 基本的なルールを守る

最初の例と比べて格段に進歩したと言えるだろう。

1枚目シーン1、"A man and woman stands side by side in the rusted lift, which is very large as a lift to maintain a certain distance between them"、「男と女が錆びついたエレベーターで向かい合っている。随分と広いエレベーターで、二人の間には幾らかの距離がある。」

しっかりと場所の描写を盛り込んでおり、具体的にショットがイメージ出来る様な表現がなされている。続けてソフィー、アーサーが登場するが彼らに関しても「20代後半の美しいアフリカン・アメリカンの女性で、ヴォリュームのあるアフロヘアをしている」、「34歳、顔色は青く痩せ形で、ベタついた髪は手入れがされていない様だ」という描写が書き込まれている。

アクション・ラインには必要な動作だけが書き込まれており、且つ時系列にも無駄がない。Slug Lineを見ても1枚目シーン1、最初の設定でのみNIGHT、夜と記されていてそれ以降はLATERやMOMENT LATERという時間が用いられている。これによって一連のシーンが連続する時間の中に置かれていることが明白となり、シーン・チェンジ前後の時間関係も明瞭となっている。

またトランジッションの一環として、2枚目シーン4から3枚目シーン5ではBEGIN FLASHBACK、END FLASHBACKという表現が用いられている。フラッシュバックに関しては細かい慣例があるから別に解説するとして、兎も角2つのトランジッションで挟むことでシーンの意図が分かり易くなっている。これも非常に重要なポイントだろう。

  • とはいえ...

2例目のスクリプトは基本的なルールは守られており、脚本として十分に機能するものだと思われる。しかし、様々な映画の脚本を読み比べて貰えれば分かると思うのだが、このスクリプトにはどことない違和感がある。

具体的には言い回しが大業で簡潔さに欠けている。描写が丁寧なのは結構だが、必要以上の文言が多く、直感的な理解を妨げる。最初に述べた通り日本語の脚本を読んだことがない都合うまく説明し難い部分があるが(そもそもどういった書き方が評価されるのかさえ知らない)、少なくとも英語の感覚からすると読み辛い。ということで最後に最も自然な、恐らく筆者がscreen writerであればこの様に書くだろうという例を観察する。

事例三・優れた例

優れた例と銘打ったが筆者の力が及ぶ範囲で、という意味だからその点ご了承頂きたい。この場合のポイントは如何にシンプルで分かり易い英語を使うか、という点だ。

因みにジョーカーに関しては無料で脚本が公開されているので、気になった方は各自調べて頂きたいのだが、そちらでは当該シーンは1ページ半にも満たない長さとなっている。キャラクターや場所の説明など本来入らない要素も含めて書いているから、長さ的には2枚半という所で悪くないのではないだろうか。オリジナルにはフラッシュバックも含まれていない訳で。

今回の記事を纏めると次の様になるだろうか。

  • 脚本の書き始めは必ずSlug Lineから、空間・場所・時間を設定する。
  • ロケーションが初めて登場する場合、Action Lineは場所の描写から始める。
  • 人物の描写でも場所と同様初めて登場するキャラクターは描写から始める。
  • 行動、或いは会話からアクション・ラインをスタートさせてはならない。
  • アクション・ラインでは撮影方法、編集方法に極力言及しない。
  • 感情描写や隠喩を用いることは極力避ける。
  • アクションに拘り、なるべく簡潔な表現を心がける。
  • 自体はCourier、フォントサイズは12
  • Slug Lineでも字体は同じ、但し全て大文字で書くこと、太字にすることが多い
  • 余白は左側に1.5 inch (3.81cm)、右側に1 inch (2.54 cm)、上下に1 inch
  • ダイアログの際のキャラクターの名前は全て大文字、左端から3.7 inch (9.398 inch) 空ける(余白を含める、文字列からは2.2 inch)
  • ダイアログはキャラクターの名前から1行下げる、左端から2.5 inch (6.35 cm) 空ける(余白を含める、文字列からは1 inch)
  • アクション・ライン中で初めて登場するキャラクターの名前は全て大文字、フルネームで示す
  • キャラクターの動作はカッコで囲み、キャラクター・ネームとダイアログの間に独自の行を設けて書く
  • 動作のカッコは左端から3.1 inch (7.874 cm) 空ける(余白を含める、文字列からは1.6 inch)
  • ページ・ナンバーはページの右上に上から0.5 inch (1.27 cm) 下げて記す、左端をアクション・ラインの右端(余白からi inch)に合わせる
  • ページ・ナンバーにはピリオドを打ち、数え始めは2ページ目から、1ページ目にはFade In: (トランジッション)と書く
  • タイトル・ページはページ数には含めない
  • ページ一枚辺りの行数は55行程度に収める(上記のフォーマットが整っている場合、自然と58行程度に収束する。ページの終わりがキャラクター・ネームになったり、始めがトランジッションになる場合、1行下げて整えると良い)

このルールさえ守っていれば一応脚本として形にはなるので(もちろん話が面白いことも大切だが)、適宜振り返って活用して欲しい。少なくともフォーマットの欠陥から没になることはない筈だ。

ハリウッド級三幕構成をまとめた画像は有料級だと思います!と威張り倒したTweetを見掛けた事があるが、英語圏ではここまで無料でアクセス出来る訳で、高々三幕構成程度で威張ることは何もないのだ。本物の脚本だって無料で閲覧して勉強出来る訳で。意趣返しというのではないけれども、折角英語圏で勉強している身として何かの役に立てれば幸いである。