知らない、映画。

在英映画学部生のアウトプット

【時事】レア・セドゥの魅力と彼女が告発する日本の広告業界の問題

25 (Mon). July. 2022

現役トップの女優といったら誰になるだろう?積み上げてきたキャリアを考えればジュリア・ロバーツマリオン・コティヤール、レガシーと影響力という観点ではメリル・ストリープハル・ベリーニコール・キッドマンも素晴らしいし、単純な出演料ではスカーレット・ヨハンソンジェニファー・ローレンスが一番手に挙がる。

決まった回答は存在しないだろうが、筆者はレア・セドゥこそ現代を代表する女優だと答えたい。今月37歳となった彼女は多くの意欲作に出演すると共に広告業界でも力強い印象を残し、映画業界を真にクリエイティブな方面で牽引する女優であると言えるだろう。

そんなレア・セドゥは、今年もルイ・ヴィトンのモデルとして起用され、Spell On You という香水のCMにも出演している。これまでの彼女のキャリアを振り返りつつ、ヴィトンとのタイアップが如何にユニークなものであるか、そして日本の広告業界(とそれに出演する女優)が如何なる問題を抱えているのか。こうした点について言及していきたいと思う。筆者の思うに、Spell On You の発売に併せて公開されたショート・フィルムは日本に於いては絶対に発表出来ない類のものであった。

Léa Seydoux and Daniel Craig in Spectre (2015)

キャリア

キャリアを振り返るといっても出演作品や生年月日、出生地などはウィキペディアを見ればそれで十分、書き尽くされていることである。それでは記事にする必要性もないから、ここでは彼女がキャリアに於いて何を表現してきたのか。この点にフォーカスして振り返ってみることにする。

キャリアの初期、美しいひと(2008)やイングロリアス・バスターズ(2009)、ミッドナイト・イン・パリ(2011)では金髪のロング、役柄も無垢で美しい女性を演じることが多かった。彼女自身もインタビューで語っている様に女性の長い髪は高潔な美しさを表現していると理解されてきた歴史があり、そのイメージ通りの美しさを体現していた。美しいひとセザール賞に選出された際には目元を強調したメイクにウェーブの掛かったロングの長髪、女性らしさを表現する銀色のトップスをゆったりとして光沢のある黒いドレスで併せており、上流の王道なスタイルで着飾っている。

しかしそのイメージは彼女の出世作アデル、ブルーは熱い色を以て大きく変わることになる。本作で髪を短く切り青く染めた彼女は共演のアデル・エグザルホプロスと共にパルムドールを受賞するが、ノー・メイク、短く整えたヘアスタイルはトラッドからモダンに一気に変容するものであった。思えばアンナ・カリーナからジェーン・バーキン(出身はイングランド)までフランスで最先端を行く女優はショート・ヘアを取り入れてきた歴史がある。レア・セドゥもその系譜に乗り、女優として一躍名を高めると共にアイコニックな存在としても認知される様になった。

2013年のカンヌ国際映画祭ではショートで端正な金髪を左右にまとめ、メイクアップもセザール賞の頃と比べてナチュラルなものだ。口元のピンクはより自然な色合いで耳元のシルバーのピアスと程よく調和している。ドレスはボディラインをさりげなく見せる黒に白のジャケットというシンプルなもので、モダンな女性らしさ溢れる格好良さがあっただろう。

アデルのヒットを受け、2013年にはプラダ/キャンディの広告に抜擢。ポップさがあり、女性の美しさというよりは可愛らしさを後押しするCandyにアデル直後のレア・セドゥが適切だったのか、今振り返れば疑問だが、彼女自身は撮影を楽しんだ様で、「どのキャンディも大好きで、はっきりした個性と変え難いオリジナリティを持ってる。」とコメントしていた。

さて一旦は美女と野獣(2014)やSAINT LAURENT/サンローラン(2014)では従来のトラッドな女性像に回帰するものの、007 スペクター(2015)と翌年のたかが世界の終わり(2016)ではクールで強い女性を演じ、特にたかが世界の終わりではキャリアの集大成的な演技を見せる。視線の交錯に焦点を当て、言葉による気持ちのすれ違いをギミックとして用いた今作に於いて、レア・セドゥはワイルドな女性でありながら兄を慕う心優しい妹、という役所だったのだが、強い女性を外見で示しつつ目線の中には初期の純真さを込めるという難しい演技を提供し、積み上げてきたキャリアを一度決算してみせた。

アンバー・ハードジェシカ・チャステインエヴァン・レイチェル・ウッズらの様な活動家兼副業女優とは違い、難しい役にも積極的に挑戦してきた彼女はシネフィルから十分な信頼を勝ち取ることに既に成功していると言って良い。レア・セドゥが出ているのなら見てみよう、という訳だ。加えてキャリアを通じて美とモダンさを体現してきた彼女は正にフレンチ・アクトレスの代表であり、その影響力は映画業界だけでなくファッションの世界でも非常に大きい。

実際に2021年には再びボンドガールも演じている彼女だが、その彼女が抜擢されたのがルイ・ヴィトンの公式アンバサダー。洗練されたゴージャスさと、シャープなラインが特に美しいブランドで、同じ高級路線のグッチと比較しても目指す方向はより機能的で貴族風だと言える。ヴィトンを代表する商品の一つ、カプシーヌを広告している他フレグランスの広告にも出演しているが、今回注目したいのは後者である。

Spell On You (恋の魔法をかけて)

ディオール Sauvage や、シャネルの手がける Égoïste に Nº5。競合ブランドと比較してフレグランスには弱いイメージのあるヴィトンだが、新作の Spell On You シリーズは中々高く評価されている様だ。

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美容ブログでもないし、特にフレグランスの良し悪しについては触れないが、注目して欲しいのはレア・セドゥの出演するショート・ビデオである。Spell On You (恋の魔法をかけて)と命名されている様に、ロマンチックで官能的な女性のイメージを表現することを目指したそうで、ビデオの中でも彼女が肉体の交歓を通じて男性に「魔法をかける」様子を写している。

フランスを代表する女優として、そしてモダンでクールな女性の象徴として彼女がキャリアを築き上げてきたことは既に述べた。それを踏まえれば(色々問題があったとは言え)10分超に及ぶ同性愛者とのシーンや、その他フレンチ・ディスパッチ等ではその肉体を顕にしているという事実。そして何より表彰式や写真の中で時代を先取りする「クール」を表現してきた肉体が広告として起用されている事実が大きな意味を持っていると分かるだろう。

ファッションとは自分らしさを外部に向けて示す表象、精神を肉体に重ね合わせる行為なのである。だから大衆迎合的に目立たない服を着て個を埋没させる衣服は衣服であってもファッションではない訳だが、そのファッションの最高峰、トレンドを形作るブランドがレア・セドゥーピクシー・カットで同性愛者を演じ、ボンド・ガールで世の憧れの男性007を虜にした女性のイメージーこそが官能性とロマンチシズムを表現する女性として適切だと判断したのである。

日本の広告業界

これは日本では全く考えられないことだ。最大手の衣服販売企業、ユニクロが起用する女優は綾瀬はるか。GUでは中条あやみ。彼女らが何のイメージを体現しているというのだろうか。彼女たちの仕事を批判している訳ではないが、社会を代表し日本の女性像を形づくってきたとはとても言えない女性を起用していて自分らしさの表現に繋がるのだろうか?衣服販売企業であってもファッションブランドとは呼べないことが分かるのではないだろうか。

ヴィトンとユニクロでは価格帯が全然違う。ハリウッドと日本の業界を比べても仕方がない。その批判は的外れだ。この様に考える方もいらっしゃるだろう。しかし嘗て資生堂のCMには山口小夜子が出演していたことはご存じだろうか。日本を代表する伝説的なファッション・モデルで、その着こなしは多大な影響を与えた。今では小松菜奈広瀬すず今田美桜らが努めている仕事だが、ポピュリズムではなくファッションに訴える面白い広告が展開されていた時代もあったのだ。

そしてこれはラグジュアリー・ブランドに限った話でもない。商品の値段の多少に関わらず、自社が広告に選んだ俳優を支持しているのか、それとも都合よく利用しているだけなのか。ただこの一点のみを問題としている。

レア・セドゥという女優がこれまでに表現してきたものの数々は、そのどれもが彼女の魅力となっている。そして筆者が特に感銘を受けた事実が、ルイ・ヴィトンというブランドが彼女の肉体と官能を売りに出す、と決めたことだ。昨今の日系企業は女優のイメージと肉体をサポートしたことがあっただろうか。「清純派」などという適当な名前で呼んで肉体を封じ、個性を消し去り、その結果大衆の曖昧な希望だけで作られた女優の他に広告に起用したことがあっただろうか。

肉体を余すことなく使い、美を追求し、そしてフレンチ・ウーマンのショート・ヘアーの新たなイメージを作った。それを讃えるCMが Spell On You だ。ユニクロ綾瀬はるかに求めていることは真逆、誰でも手が届く様な、誰もが同じくなる様なスタイルを理想的に見せること、これだけである。映画の中で肉体を見せることを推奨している訳ではない(寧ろその反対である)。ただ個性を消し去る様に広告やテレビが演出するのは如何なものか。Sonyが Bring Me The Horizon を広告に起用した際にはオリヴァー・サイクスの襟高のシャツに手袋で徹底的にタトゥーを隠させたが、それはオリヴァーのスタイルを否定しているということに他ならない。個性を抹消し、曖昧な連帯感しか作り出さない現状ははっきりと問題である。

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総括しよう。キャリアの中でトラッドな美しさからモダンな女性像までを表現してきたレア・セドゥは間違いなく現役トップ女優の1人だ。彼女が表す伝統的な優美さと最先端のクールの融合は間違いなく魅力的なスタイルで、そして女優としても信頼に値する。

ルイ・ヴィトンはレア・セドゥ本人が絶賛するニコラ・ジェスキエールに率いられカプシーヌなどを販売し、彼女がその広告を担当しているが、Spell On You という新作フレグランスで彼女の肉体と官能こそがロマンチックの定義だと認めた。彼女の持つイメージこそロマンティシズムを表す最適なものだとして彼女をサポートしている。

これは翻って考えてみると昨今の日本では見られない広告の仕方だ。日本の企業は女優に対し、大衆の期待を緩やかに代表すること、個性を発揮しないことを要求しており、女性をサポートするどころか圧迫してしまっている。そうして作り上げられたイメージ、例えば綾瀬はるかのイメージはレア・セドゥのそれとは大きく違い、美しさとは何かを考えさせられるものだ。

映画とは決してその世界のみに留まるものではない。批評を行う際には極力作品の中だけに集中する様にしていても、事実役者や監督の社会的な性格が大きな影響を及ぼす。逆も然りで映画の中で作り上げてきたイメージは、社会に対して作用し得るものだ。たかが広告と言えどその中で迫害された女優は決して個性を作中で見せることはできないだろうし、両者の間で相互的に支え合うことこそが真に魅力的なパーソナリティを作り上げるのである。綾瀬はるかに欠けていて、レア・セドゥが持っているものは何か。それは本人の才もあれど、社会からのサポートでもある。

レア・セドゥこそ世代を代表する魅力的な女性なれど、そこだけで思考を停止させるのではなく、自分の周囲の世界、身近な映画の世界にまで展開させてみて欲しい。