知らない、映画。

在英映画学部生のアウトプット

【映画解説】基本のカメラムーブメント、スタティック・パン・ティルト/フラワーズ・オブ・シャンハイ(1998)

6 (Mon). June. 2022

これまで映画の見方、制作過程、そして基本的な映画の形式と続けてきたが以降いよいよ本格的な制作技術について見ていきたいと思う。

一番最初に取り上げる内容はカメラムーブメント、特に基本となる3つのムーブメントについて紹介する。撮影方法の呼び方や分類の仕方は人によって異なる場合もあるが、なるべく最も一般的な呼称を使用する様留意するつもりである。

及び紹介する映画は候考賢監督のフラワーズ・オブ・シャンハイである。台湾ニューシネマを代表する候考賢(他楊徳昌など)が羽田美智子トニー・レオンを起用して制作した時代物の映画だが、かなり特殊な撮影方法と編集を施しており、映画史の中でも独特な立ち位置を占めている。

Michiko Hada and Tony Leung in Flowers of Shanghai (1998)

スタティック・ショット(Static Shot)

逆説的だが最も基本的なカメラムーブメントはスタティック・ショット、即ちカメラを動かさないショットだ。

これは名前の通りカメラをどこか一地点に設置し、その動かないカメラの前で俳優が演技をするショットを指す。肩越しのリバース・ショット(切り返し)も広義ではカメラを動かしていないことから、スタティック・ショットに分類されるだろう。

極めてシンプルな撮影方法で、リバース・ショットに限らず会話のシーンで用いられることが多い様に思う。肩越しのリバース・ショットであれば主観的な効果、詰まり話の聞き手と同等の視点にカメラを置くことで観客は会話に集中することができる。対してテーブルと並行にカメラを設置した場合一歩引いた位置から会話を捉える為、話し手の周囲のモチーフに注意を向けさせたり、進行中の状況を説明することも出来る。

具体的に説明しよう。史上最も優れたリバース・ショットは恐らく羊たちの沈黙に発見される。ジョディ・フォスターが初めてアンソニー・ホプキンスと対面する場面で、第一人称視点のトラッキングから独房が写り、その後の2人の会話は殆ど全てリバース・ショットで撮影されている。このシークエンスではアンソニー・ホプキンスがややジョディー・フォスターよりも大きく映っているが、これは明らかに彼女を圧倒するレクター博士を描写することで、彼女とそして観客を威圧し、恐怖させることを狙っている。試みに音声を切ってこのシークエンスを見て欲しい。如何にして両者の緊張感が高められているか分かるだろう。

対して一歩引いた視点から捉えるスタティック・ショットにはミスティック・リバーを挙げることが出来る。警察署で娘の遺体を確認したショーン・ペンローラ・リニーを隣に座らせ、ケヴィン・ベーコン及びローレンス・フィッシュバーン演じる刑事から質問を受けるシーンだ。これもリバース・ショットではあるが、カメラは先ほどよりも遠く、肩越しの撮影ではないことが分かるだろう。そしてカメラを遠ざけることにより、ショーン・ペンが話す間苦しみに歪むローラ・リニーや高慢なローレンス・フィッシュバーンの振る舞いを画面に捉えることが可能になっている。

その他変わったスタティック・ショットの使い方としては、エイリアン3がある。シガニー・ウィーバーが医務室でエイリアンに襲われる場面で、壁際に追い詰められた彼女にエイリアンが口を開ける場面。完璧に造形されたエイリアンとそれに恐怖するシガニー・ウィーバーが静止したカメラによって捉えられ、彼女の今にも殺されるのではないかという恐怖感をじっくり演出する為にこのショットが選ばれている。

パン(Pan)、ティルト(Tilt)

パンは一箇所に固定したカメラを横方向に動かしす撮影技法であり、対してティルトはカメラを縦方向に動かすものを言う。

パンは比較的様々な場面で用いられ、道路の交差点や部屋の入り口にカメラを置き、、進入して来る車両や扉を開けて入る人物を描写したりする。

ティルトはそれに比べると使用範囲が限られ、事物のスケール感を表したり下方の人物が見上げたりする場合などに使われる。有名なシーンとしてはターミネーター2の登場シーンだろうか。映画の冒頭でアーノルド・シュワルツネッガーがワープをして登場するのだが、踞る彼を下にティルトダウンしてカメラが捉え、続けて立ち上がる様子をティルトアップして写している。

その他パンとティルトの使い方に関しては、以下の動画から学ぶ点が多かったので紹介させて欲しい。海外の方の動画になってしまうが、英語の苦手な方でも大凡の内容は掴めると思う。デイビッド・フィンチャーが微小なパンやティルトを駆使して我々の視線を誘導する様子を詳しく解説してくれている。

www.youtube.com

フラワーズ・オブ・シャンハイ

以上3つの基本的なカメラムーブメントを見た所で、具体的な映画の解説に移りたい。

普通映画は無数に存在するカメラムーブメントを組み合わせ物語を伝えている。特に現代のカット割の細かい映画やアクション映画ではその動きは非常に複雑で、全てを的確に把握して追いかけるのは初見では困難となっている。

その一方1998年に制作されたこちらの作品はワンシーンワンカット、カメラの動きはパンのみという大変珍しい作品で、且つシーンの接続もフェイドアウト・フェイドインのみで行っている。

記事上部に貼り打つけた画像を見て欲しい。画像中央やや左寄りにランプの様なものが見えると思うのだが、各シーンの始りはそのランプの緑色の光が写り徐々に全体が明るくなる。そして終わりは逆を辿って全体が暗くなり、緑のランプが消えるだけの編集だ。

シーンの撮影に関しても中央からやや左右どちらかに偏って置かれたカメラが登場人物の会話に併せてパンし、彼または彼女をフレームに収めるというだけのものになっている。トラッキングやブームなどの撮影方法はおろかリバース・ショットすらも使用しないという徹底ぶりで、その為俳優もアクションすることはなく、基本的に会話だけで121分が構成される。

物語としてはアヘンが常用されていた頃の清末期、高級娼館を舞台に展開され、トニー・レオン演じる役人と彼に買われる2人の女の関係を描いていく。筆者は映画館で鑑賞したのだが、それでも眠気が襲来し、中々苦労しながら見たことを覚えている。

冒頭に記した通り、候考賢は台湾ニューシネマを代表する作家であり、台湾ニューシネマとは台湾版のヌーヴェルバーグの様なものだ。詰まりごく大雑把に言えば候考賢は台湾のゴダールということになるのだが、ゴダールがジャンプカット等編集と撮影の文法を破壊したとすれば、候考賢は撮影そのものを廃してしまったと言えるのではないだろうか。

複雑な撮影技法や編集を全く無くして、パンだけで登場人物を捉え会話によってじっくりと関係性を描いていく。ヌーヴェルバーグでも車中で登場人物が喋り通すが、それと似た様な撮影と言えないこともない。一方ヌーヴェルバーグは空虚なお喋りにすぎない面があるが、美しい台詞と繊細な気持ちの表現はずっと優れているとも言える。

恐らくはそれこそが候考賢の狙いで、登場する女は皆娼婦であり、口にしたくとも出来ない思いがある。一方男もそれぞれ地位の高く、体面も気にしなければならない者ばかりだ。それぞれの立場と境遇から自由に会話し、恋愛することすらもままならない人間模様を伝える為に下手なカメラやアクションを省き、パンのみ全編ワンシーンワンカットに至ったのではないかと察する。

そしてこれは的確な判断だった。何故なら以前述べた通り、それこそが内容と形式の一致だからだ。両者が一致している作品は、個人的な好みはさておいて芸術作品として高い評価に値する。微妙な恋模様と特に羽田美智子演じる没落する娼婦の姿は鑑賞する価値があると思う。本記事を読んで興味を持たれた方は是非挑戦してみて欲しい。

 

 

 

それにしてもじゃんけんゲームだけであれだけ吞めるものなんでしょうか...その点だけは理解に苦しんだ管理人です。