知らない、映画。

在英映画学部生のアウトプット

【映画解説】production, プロダクションとは/バットマン(1989)

25 (Wed). May. 2022

先日のプレプロダクションに引き続き今日はプロダクションについて解説する。

sailcinephile.hatenablog.com

プロダクションは基本的にはプレプロダクションが終了してから開始されるが、実際には絵コンテやキャスティングなどpre-proの段階から開始していることが多い。

監督自身が脚本を担当している場合、ある特定の俳優を思い浮かべながら書いていたり、俳優自身が監督に脚本を持ちかける場合もあって、今日プロダクションとして紹介する内容も実際は撮影開始前に完了していることがある。従って厳密に3段階に分かれているというのではなく、便宜上分類されているだけだと理解して貰って差し支えないだろう。

解説で取り扱う映画はティム・バートン版のバットマンだ。著名なクリエイターが複数参加した大作映画であるから、多くの読者にとっても見覚えのある名前が登場することと思う。今年公開のマット・リーヴス版やクリストファー・ノーラン版と比較する際には、こうした製作陣を調べてみるのも興味深く、是非音楽やセットの造りも見比べて欲しい。

Jack Nicholson in Batman (1989)

プロダクションとは特に映画の撮影段階を示して使われることが多い。

基本的に現在の映画撮影は規模が大きくなっており、分業体制で多くのスタッフを動員して行われ、映画監督とはその分業体制をまとめ上げ、完成作品の見え方に責任ををっていると言える。

以下準備段階と撮影段階に分け、プロダクションの過程を見ることとする。

準備段階

準備段階では美術監督が率いるセット部と美術部がセットの製作に取り掛かる。映画が現実世界ではなく特殊な世界観の中で展開する場合には、セットも大掛かりとなり、その分必要期間も長くなるだろう。

建物の配色や構造まで、実際の土木建築と同じ様に設計段階から入念に準備され、多くの場合は設計図の後、模型が組み立てられ監督とイメージの齟齬がないか確認される。撮影の開始日に間に合う様施工計画が立てられ、外観から内装までが製作されるが、これはプロデューサーとの共同作業だ。

小道具や大道具の作成も美術部の手に掛かっている。ただ特殊な道具に関してはセット・デコレーターが手配をしたり、別個にクレジットされることもある。例えばジグソウシリーズで登場するゲームのマシーンは、props builder(道具製作)担当としてJason Ehlがクレジットされ、特殊効果係として分類されている様だ。

その他ジュラシック・パークの恐竜や、トワイライトの狼男などの人間でないキャラクターのデザインも事前に決定されていることが多い。模型を製作し動かす方式を取る映画も存在はするが、現在では多くがデジタルで処理されている。またコンピューターグラフィックスの発展に伴って、グリーンバックでの撮影が多くなった。MCU作品の製作過程を見ると、殆ど全編でグリーンバックが使用されており、ロケ撮影でもグリーンバックを俳優の後ろに置いてワープさせたり、ワイヤーと組み合わせてスケールを大きく見せている様が確認出来る。

衣装デザイナーによる衣装の準備も準備段階に含まれる。バットマンのスーツの様な特殊なコスチュームから、日常の衣服まで全てイメージに沿うようデザインするのが彼らの仕事だ。グザヴィエ・ドランは雑誌をスクラップして、キャラクターのイメージを決め、衣装係に伝えたと言う。

グラフィック・アーティストも準備段階で作業する。彼らの仕事は絵コンテの作成で、カットを決め、照明やカメラ、特殊効果との融合が絵コンテの段階で決められていく。

撮影段階

撮影は監督を中心に指導される。その監督を支える立場にいるのが助監督だ。助監督はチーフ助監督、セカンド助監督、サード助監督などと呼び分けられる。実際のクレジットを見るとセカンド助監督が3人や4人いて、その下にサード助監督がいることも多く、現場の規模などに合わせて業務別に呼び分けられているのだろう。

助監督と混同しやすい仕事が、第二部監督である。彼らは撮影現場以外の場所でロケーションの撮影など俳優を使った主要なシーン以外の撮影を行なっている。

その他に脚本指揮者(script supervisor)がつく場合や、方言指導などをするコーチがつく場合もあるし、カチンコを整理する仕事もある。また放火責任者や動物の調教師など映画の性質に応じて必要な人物が参加する。

例えばシェフ三つ星フードトラック始めました、では調理技能指導者やフードスタイリストがクレジットされているし、ニンフォマニアックではsex double(俳優の代わりにセックスを行う人)がクレジットされている。燃ゆる女の肖像では画家としてHélène Delmaire がクレジットされ、作中でノエミ・メルランが描く絵画の制作を担当している。

インティマシー・コーディネーターを起用することが望まれる場合には、彼らも撮影段階で仕事をすることになるだろう。

これらの役職とは別に撮影部が存在する。これは基本的には撮影監督をトップとし、監督の要求に合わせたヴィジュアルをフィルムに焼き付ける。

この時撮影部と大きく述べる場合には、カメラ技師、フォーカス・プラー、ドリー担当、照明担当、録音技師など全ての撮影に関する役職をまとめて指し示す場合が多い。英語では個別にcamera department, sound departmentなどと区別されることもある様だ。

カメラ部に関しては映画の撮影に関わる人物の他に、スチール撮影を担当する人物も含まれる。劇中のシーンや舞台裏の写真を撮影する写真をスチールと呼び、監督が照明や色彩を確認する上でも重要だし、多くは広報にも利用される。

ちなみに映画のタイトルを検索してヒットする写真の多くはスチール写真である場合が多い。劇中のシーンの様に見えても、カメラが置かれている場所とは別のアングルから撮られている場合も多く、映画を勉強されている方々は、自分が見ている写真がショットなのか、スチールなのかよく注意する必要がある。

照明部は主に照明責任者をガファー、アシスタントをベスト・ボーイと呼んでクレジットすることが一般的だ。

俳優(主演、助演、エキストラ全てを含む)もプロダクションに関わる人物として忘れるわけにはいかないし、彼らを補助するスタントマン、雑務部で俳優のメイクやヘアドレス、運転などを担当する人々もいる。

以上プロダクション段階だけでも膨大な仕事があり、映画が多くの人間の共同作業によって成り立っていることが分かるだろう。監督だけでなく裏方の仕事ももっとリスペクトするべきだと思う。

基本的にブロックバスター映画ではクレジットされる人物は多くなるし、インディー映画では少なくなる傾向にある。イレイザーヘッドでは監督・脚本・プロデュース・音楽・編集・プロダクションデザイン・アートディレクション・音響・特殊効果の全てをデイヴィッド・リンチが自ら担当している。

バットマン

各部門にそれぞれの領域でトップを走る有名な人物が参加して作られたこの映画は、大きな成功を収めた。ハリウッドではコミックを映画化するプロジェクトの先駆けとなった作品であり、その後のバットマン関連作品の多さを見ても一定のレガシーのある重要な作品であることは明らかだ。

監督にはティム・バートン。独特のヴィジュアルから忘れられがちだが、彼もスピルバーグの様なシネフィル(映画オタク)が高じて映画監督になった人物だと言われている。子供の頃から絵を描いたりするのと同じく映画を鑑賞することを好み、8mmカメラを持って自主制作に興じてもいた。

音楽はダニー・エルフマンが担当。バートン映画の殆どで作曲を手掛けるほか、スパイダーマントビー・マグワイア版)やドクター・ストレンジマルチバース・オブ・マッドネスなどのMCU作品、メン・イン・ブラックシリーズ、フィフティ・シェイズシリーズなどで活躍する映画音楽作曲家の中でも著名な人物だ。

その他音楽では当時のトップスターであり、創作意欲の塊でもあったプリンスが参加している。バットマンの題でアルバムも発表しているが、何かとネタにされがちなのは残念なところ。

撮影ではロジャー・プラットが撮影監督を務めた。未来世紀ブラジル12モンキーズ、ショコラ、ハリーポッターシリーズなどで仕事をしている。

セットはこちらもバートンとの仕事で有名なピーター・ヤングが担当し、ゴッサムシティを創り上げた。AKIRAのNEO TOKYOやホビットの村シャイアなどと並んで、最も優れた映画内都市の1つとして認識されている。

その他俳優陣を除いても400名近いスタッフがクレジットされており、彼らの共同作業の結果出来上がった作品が本作だ。何度も実写・アニメ含めリメイクされた作品であるから、今見ると物足りない部分もあるかもしれないが、個人的には最も魅力的にジョーカーが描かれた作品だと思っている。

ジャレッド・レトも好きだし、ホアキン・フェニックスも素晴らしかった。ヒース・レジャーは言うまでもなく、バリー・コーガンも楽しみな管理人であるが、これらのバットマンと比較してもジャック・ニコルソン程得体の知れない存在はない。

クリストファー・ノーランアイデンティティーに思い悩むクリスチャン・ベールに対するアンチテーゼ的な格好でヒース・レジャーを設定していたと思う。詰まり2人のキャラクターの対比が物語の要となっており、ダークナイト内のジョーカーはバットマンとの関係性において成立している部分が大きい様に感じる。

それに対してジャック・ニコルソンは道化師として、そしてヴィランとして完全に確立した存在であり、かつマイケル・キートンと対決する理由も十分に持ち合わせている。マイケル・キートンにとっては確かに戦わなければならない相手ではあり、復讐の対象でもある。しかし同時に不気味な剽軽さと残酷さを兼ね備えた恐ろしい相手として彼には見えていたに違いない。

コミカルな演出で緩和されているものの、現金をばら撒いて集めた観客を毒殺するとは何ともグロテスクで恐ろしい計画ではないか。バットマンとの関係であったり、世相の反映だったり、そうした難しいことを抜きに「純粋な」ジョーカーの恐怖を楽しむのであれば、本作が最も秀でていると思われる。